脊柱管狭窄症、椎間板ヘルニアの手術からあなたを守り、その恐怖から解放する最後のセラピスト
柔道整復師(国家資格 平成14年取得)
上級AKS療法士
AKS療法®認定上級インストラクター
当院のホームページをご覧いただき、ありがとうございます。AandK Therapy Studio(エーアンドケーセラピースタジオ)代表の小川敦史です。
実は私は、熱い思いを持ってこの世界に足を踏み入れたわけではありませんでした。フリーター時代に偶然、就職情報誌で接骨院の求人だけに目がとまり引き寄せられるように面接に行ったことがキッカケでした。
~陸上競技でのケガ~
高校時代は陸上競技に魅了され一生懸命練習をしていました。
2年生の夏、足首の痛みが我慢できなくなり走れなくなってしまいました。そこで母親から近所の接骨院に行くように勧められました。状態が良くないので整形外科に行くように言われ、レントゲンを撮ると疲労骨折と診断されました。
その後接骨院に戻り丁寧に施術を続けていただき、無事痛みが治まったところで練習が再開できました。
本当に陸上競技が好きでしたので練習ができない辛さは相当なものでした。先生は私の悩みを聞いてくれ時には励ましてくれるとても優しい先生でした。
先生の人柄とともに「痛みを取る仕事」はとても魅力的に思えましたが「接骨院の先生 = 柔道の先生」というイメージが強く、私には縁が無いと諦め将来の夢の選択肢には入りませんでした。
~高校卒業後は自動車製造業でのライン作業~
高校卒業後は工場勤務でライン作業をしていました。夜勤も行うハードな仕事でしたが体力には自信がありましたので、一生懸命働いていました。
初めて社会に出てたくさんの先輩たちに、高校時代とは全く違う「社会での生活」をたくさん教えて頂きました。
ただ仕事にはやりがいを感じることができず、いつも悶々とした日々を過ごしていました。
あるとき先輩から修学旅行以来のスキーに誘われました。そこでスキーの楽しさにはまり、数年後にはスキーばかりしていたいと思うようになり退職を決意しました。
~退職してスキー場で住み込み~
会社を退職し、スキー場では住み込みで働きました。
それまで接客業を経験したことがなかった私には、スキー以外の仕事でもとても楽しく働かせて頂きました。
スキーが上達してインストラクターとして任せて頂いた時には、上手にできるだろうかという不安でいっぱいでした。生徒さんにとっては、ベテランだろうが新人だろうが先生は先生。
レッスン前には十分予習や練習したつもりでしたが、始めの頃は満足できるものではありませんでした。
毎回レッスンをしては宿に戻りテキストを見直し説明は間違っていなかったか、分かりやすく説明できていただろうかと試行錯誤の日々でした。元々スキーは特別上手ではなかったので「分かりやすい説明を」ということに重点を置いていました。
インストラクター業も少しづつ慣れていき生徒さんの上達を感じられた時や、生徒さんの楽しそうな顔を見られたときは本当に嬉しくなりました。
経験を重ねるにつれて、自分が上手になることより生徒さんに楽しんでもらうことを考えるようになっていきました。宿泊制のスキースクールでしたので長い方ですと3日間レッスンを受け持たせて頂くこともありました。
帰られるときの笑顔と「また来るね!」という言葉が嬉しくて一生懸命頑張っていたのだと思います。
~オフシーズンの過ごし方~
スキーインストラクターの仕事は夏にはなくなるので、オフシーズンは名古屋に戻りアルバイト生活をしていました。
レストランや居酒屋、ゴルフ場のクラブハウスなどで働かせて頂きました。
やはり接客業は楽しく自分には合っているんじゃないかと思うようになりました。ほぼ休みがない日が続いても疲労は感じてませんでした。朝9時前に家を出て夜中の1時頃に帰宅する生活が一ヶ月休み無く続いても楽しく働いていました。嫌な仕事でしたら間違いなく倒れていたと思います。ここでもたくさんの先輩や上司の方々に色々なことを教えて頂きました。
接客の仕方はもちろんですが、お客さまに喜んで頂く為にはどうしたらよいかを考えられるようにして頂きました。
~安定した生活を求め接骨院へ~
楽しく働いていたのですが生活の安定は望めず、きちんと仕事を見つけなければと思うようになりました。
そして偶然見つけた接骨院の面接を受けるとすぐ採用の通知を頂きました。
その接骨院は一日に70人以上も患者さんが来られるような人気の接骨院でしたので、朝から晩までひたすらマッサージをしていました。
生身の身体をたくさん触らせていただいたことが、その後の治療家人生においてとても大きな財産になったと本当にありがたく思っています。その接骨院は患者さんと会話して楽しんで頂くというスタイルでしたので、そこも私には合っていたんじゃないかと思います。
そこでは10年間しっかり修行させて頂きました。そして働きながら専門学校にも通わせていただき、無事3年で柔道整復師の国家資格を取ることが出来ました。
自分の施術で患者さんが喜んでもらえることで、この仕事を選んで良かったと思えましたし、この仕事でやっていきたいと強く思うになりました。
~スキルアップを求め転職~
ある時、専門学校時代の同級生からある接骨院を紹介されました。
ちょうど別の接骨院でも勉強したいと思っていたところでしたので、その話を聞かせてもらうことにしました。
新しい接骨院はオーナーが別の場所に接骨院を出したので、元からある接骨院を任されるということでした。いわゆる「雇われ院長」です。
今までは院長の下で働いていたので、自分が「院長」になるという肩書にとても不安でしたが、成長のためと思いその話を受けさせて頂きました。
院長としての業務はとても難しく勉強になることばかりでした。一人で接骨院を回していたので受付から施術そして会計までしなくてはいけませんでした。もちろん事務作業や掃除、朝の準備や片づけなども全て一人でやっていました。
しかし仕事が慣れてくると、以前から続けていた趣味の魚釣りに熱を上げるようになっていきました。週末になると必ず片道4時間以上掛けて三重県の尾鷲や熊野まで行っていました。
その頃の自分は技術と知識を高める努力を怠ってたのかもしれません。
それでも接骨院では健康保険等の取り扱いをしていたので、それなりに患者さんは来られていました。
~自分の甘さを思い知る~
ある時何気なく、仲の良かった同年代の患者さんに「どうして当院に通ってくれていますか?」と聞いた所「安いから」と即答されました。そして「近いから」と付け足されました。
その患者さんとは友人のような信頼関係があると信じていましたから、非常に大きなショックを受けました。一生懸命やってきて築き上げた自信が足元から崩れ落ちるような気持ちになりました。
しかし考えてみればそれは当たり前の事でした。週末は趣味の魚釣りに没頭して、来院された患者さんには他愛もない話をしながら、いつも同じマッサージをするだけ。
施術のスキルを上げる努力もしていない、なんの勉強もしていない、そんな自分が患者さんから信頼されるはずはありませんでした。
本当に当たり前の話でした。悩んで来られる患者さんのことは考えていなかったのだと思います。明るく接すれば喜んでくれるはずだと思っていたのかもしれません。
~覚悟を決めて仕事にあたる~
そのことをきっかけにして、「その場しのぎのマッサージは止めて、痛みやシビレでお本当に困っている患者様に喜んでいただける本物の治療」を手に入れるため、改めて本気で勉強をはじめました。
そして健康保険の取り扱いもやめました。確かに安い金額で気軽に施術を受けていただくことも大事かと思いましたが、これでは自分に対しても甘えが出てしまいます。
「こんな安い金額なんだから患者さんは改善されなくても納得してくれるだろう」という気持ちがあったのかもしれません。
「各種保険取扱い」という文字通り「保険」を無くすことで逃げ道を塞ぐことにしました。
~本物の治療家との出会い~
その頃たまたま配達されたDMにピンときて、あるカイロプラクティック協会に入会しました。
そこの会長の技術は本物で、自分も少しでも近づきたいと思い勉強に励みました。本来なら勉強会の日でない事を知っていながら、日にちを間違えたふりして勉強をさせていただいたこともあります。
その勉強会では自分の無知さを思い知らされました。どれだけ勉強をしてこなかったかを…。
そんな私に対して会長には特別に目をかけていただきました。カイロプラクティックの技術だけではなく、患者さんへの想いや接し方そして経営のこと、仲間との助け合いや勉強方法など治療家として、そして経営者として、そして一人の人間としてとても大事なことを学ばせて頂きました。
「接客業」から「治療家」にしていただいた会長には今でも感謝ばかりです。
~AKS療法®との出会い~
そして現在はAKS療法®を主に治療を行っています。
ある勉強会で知り合った先生がAKS療法®を使われていました。私がAKS療法®をインターネットで調べた時にはちょうどセミナー受講の募集が締め切られていました。しかし、どうしても勉強をしたかったので直接講師である山内先生に連絡を入れると、あと一人だけ受け入れ可能とおっしゃっていただけたので、その場で申し込みをしました。
まさにこれが私の治療家としての大きな転換点でした。
私がAKS療法®に惚れ込んだのは理論がとてもしっかりしているところでした。その理論は決してあやしいものではなく解剖学的、運動生理学的に確立されている理論です。それまで私が勉強していた治療法ではその理論を、自分の能力のなさで落とし込めていませんでした。しかしAKS療法®と出会ったことで私の治療技術は飛躍的に向上できたと感じています。点と点が繋がって一つの線になったような感覚でした。
少しでも山内先生に近づきたいと思い、AKS療法®の勉強に明け暮れました。何度もテキストを読み返し、何度も動画を見直し、分からないところは質問をして納得できるまで勉強をしました。そして今ではAKS療法®セミナーのインストラクターとして活躍させていただくまでになりました。
~現在そしてこれから~
今では自信を持って、お客さまのお悩みに向かい合うことが出来ます。
そしてそれは、今までの経験が全て活かされているようにも感じています。両親を始め本当にたくさんの人に助けられて、ここまでやってくることができました。
自分で選んだ道だと思っていましたが、周りの人に支えられていたからこそ進んでこられたのだと思っています。
これからは一期一会の心を胸に置き、一人でも多くの方の力になれるよう全力で頑張っていかなくてはと思っています。そして今まで指導してくださったたくさんの先生や先輩、そして年齢も立場も関係なくお世話になった全ての人のように、自分をもっと高めていけるように努力を続けていきます。
AandK Therapy Studio(エーアンドケーセラピースタジオ)に来ていただいたお客さまには悩みから解放され「選んで良かった!」と心の底から言っていただけるようにこれからも精進していきます。
しっかりお話を伺い最短で今のお悩みを解決出来るよう、最善の提案をいたします。
もっとたくさんの方に、こんな想いをしていただけるように全力で頑張ります。
若い頃私は、自分が良ければいいという考え方でいました。あまり人の気持ちなど考えたことはありませんでした。
しかし年齢を重ねたくさんの人と接する中で、大事なことことは人に対する思いやりだということに気付きました。困っていた時に助けてくれた人、助言をくれ応援してくれた人、時には励まし合い喧嘩もしながらここまでやってこられました。
そして一つの結論に辿り着きました。
「自分が幸せになるためには、周りの人を幸せになってもらう」
人から「ありがとう!」と言われた時の気持ちは、何ものにも代えがたいことだと感じています。「ありがとう」と言うことは簡単ですが、心から「ありがとう」と言ってもらうことはとても難しいと思っています。しかし私はその「ありがとう」と言っていただきやすいお仕事をさせてもらっています。
心の底からの「ありがとう」を言って頂けるように、これからも誠心誠意頑張っていきます。
当スタジオは、痛みやシビレでお困りの方に喜んでいただけるように頑張っております。慰安目的のマッサージなどは出来ませんので、宜しくお願い致します。
しかし、今あなたがもし「椎間板ヘルニア」や「脊柱管狭窄症」などと診断を受け、手術を勧められて悩んでおられるのでしたら、まず当スタジオにご連絡ください。
手術をしても
このような心配のもとで手術を受けないでください。
あなたの腰の痛みはAandK Therapy Studio(エーアンドケーセラピースタジオ)で無くなる可能性もあるのです。